格子暗号

G検定

格子に基づく暗号技術(Lattice-based Cryptography: LBC)は、「格子(ラティス)」と呼ばれる高次元の幾何学的な構造に基づいた暗号方式のことです。
これは、現在主流の暗号(RSA暗号や楕円曲線暗号)を将来的に解読してしまうとされる量子コンピュータでも解くことが困難であると考えられており、「耐量子暗号(PQC: Post-Quantum Cryptography)」の最も有力な候補として注目されています。
1. 格子(ラティス)とは?
「格子」とは、空間内に規則正しく並んだ「点の集まり」のことです。
* **2次元(平面)**で考えれば、方眼紙の交点のようなものをイメージしてください。
* **3次元(空間)**では、ジャングルジムの骨組みの交点のようなものです。
格子暗号では、これを数百次元といった非常に高次元の空間で扱います。
2. なぜ安全なのか?(格子問題の困難性)
格子暗号の安全性は、高次元の格子における特定の「問題」を解くことの難しさに基づいています。たとえ量子コンピュータを使っても、これらの問題を効率的に解く方法は見つかっていません。
主な「格子問題」には以下のようなものがあります。
* 最短ベクトル問題 (SVP: Shortest Vector Problem)
格子の中で、原点(ゼロ)に最も近い格子点を見つける問題。
* 最近傍ベクトル問題 (CVP: Closest Vector Problem)
格子の外にある「ある点」を与えられたとき、それに最も近い格子点を見つける問題。
低次元(2次元や3次元)ではこれらの問題は簡単に見えますが、次元数が数百にもなると、その組み合わせは天文学的な数になり、解くのが非常に困難になります。
3. 格子暗号の主な特徴
* 耐量子性(最重要)
現在の暗号技術の多くは「素因数分解」や「離散対数問題」の難しさに基づいています。これらは量子コンピュータの「ショア(Shor)のアルゴリズム」によって高速に解かれてしまうため、将来的に危険にさらされます。
一方、格子問題はショアのアルゴリズムでは解けないため、格子暗号は量子コンピュータ時代にも安全性を保つことができます。
* 高い計算効率
格子暗号の計算は、主に「行列の掛け算」や「足し算」といった比較的単純な演算で構成されます。そのため、RSA暗号などと比べて暗号化・復号の処理が非常に高速であるという利点があります。
* 高度な機能の実現
格子暗号は、基本的な暗号化やデジタル署名だけでなく、以下のような先進的な暗号技術を実現するための強力な基盤となります。
* 完全準同型暗号 (FHE): データを暗号化したまま足し算や掛け算ができ、中身を秘密にしたままデータ分析が可能になる技術。
4. LWE問題:現代の格子暗号の主流
現在の多くの格子暗号は、「LWE(Learning With Errors: 誤差付き学習)問題」と呼ばれる、格子問題から派生した問題に基づいています。
これは大まかに言うと、「ノイズ(誤差)が加えられた連立一次方程式から、元の『秘密』を当てる」という問題です。この「ノイズ」が格子問題の難しさと深く関連しており、LWE問題を解くことは格子問題を解くことと同じくらい難しいとされています。
5. 標準化の動向 (NIST PQC プロジェクト)
この耐量子性と効率性から、米国国立標準技術研究所(NIST)が進めている「耐量子暗号の標準化プロジェクト」において、格子暗号は中心的な役割を担っています。
2024年に標準として選定されたアルゴリズムの多くは格子暗号に基づいています。
* CRYSTALS-Kyber (カイバー):
公開鍵暗号(鍵カプセル化メカニズム: KEM)の標準。インターネット通信(TLS)などで鍵交換を行うために使われます。
* CRYSTALS-Dilithium (ディリチウム):
デジタル署名の標準。ソフトウェアの正当性を検証したり、本人確認を行ったりするために使われます。
これらの技術は、将来的にインターネットの安全性を支える新しい標準技術となることが確実視されています。

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